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盛岡地方裁判所遠野支部 平成10年(ワ)9号 判決 2000年3月22日

原告

遠藤範子

外二名

右三名訴訟代理人弁護士

水野幹男

岩井羊一

勝田浩司

被告

赤武石油ガス株式会社

右代表者代表取締役

古舘豪

右訴訟代理人弁護士

藤原博

主文

一  被告は、原告遠藤範子に対し、金八七七万円及びこれに対する平成九年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告梶尾睦子に対し、金五八八万五〇〇〇円及びこれに対する平成九年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告遠藤克仁に対し、金五八八万五〇〇〇円及びこれに対する平成九年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、その五分の四を原告らの、五分の一を被告の負担とする。

六  この判決は、原告らの勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告遠藤範子に対し、金四六八〇万五〇〇〇円及びこれに対する平成九年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告梶尾睦子に対し、金二三四〇万二五〇〇円及びこれに対する平成九年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告遠藤克仁に対し、金二三四〇万二五〇〇円及びこれに対する平成九年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  判断の前提となる事実(当事者に争いがないか、括弧内に記載した証拠により容易に認められる。)

1  当事者

(一) 遠藤信は、平成六年一月六日、肝臓ガンのため死亡した。

原告遠藤範子(以下「原告範子」という。)は遠藤信の妻であり、原告梶尾睦子(以下「原告睦子」という。)はその長女、原告遠藤克仁(以下「原告克仁」という。)はその長男である。

(二) 被告(以下「被告会社」という。)は、昭和四二年五月一日に設立されたプロパンガス及び石油の販売並びに器具の販売等を業とする資本金一〇〇〇万円の株式会社である。

被告会社代表取締役古舘豪は、原告範子の実兄である。

(三) 遠藤信は、被告会社の設立と同時に取締役に就任し、平成六年一月六日に死亡するまで取締役の地位にあった。(甲二三の1・2、四四の1ないし13)

2  本件保険契約

(一) 被告会社は、遠藤信を被保険者、被告会社を保険金受取人として、大同生命保険相互会社(以下「大同生命」という。)との間において、二口の生命保険契約を締結した。

右契約締結に際し、遠藤信は、被保険者となることに同意した。

右契約の内容は、以下のとおりである。

(1) 第一契約(乙六、七)

ア 契約締結年月日 昭和四八年一一月一日

死亡保険金額 一〇〇〇万円

月払保険料 七〇〇〇円

イ 増額変更の時期不明

死亡保険金額 一四五八万三四〇〇円

入院特約の単位特約給付金額 一〇〇〇円

月払保険料 九六二一円

ウ 増額変更の時期 昭和五一年九月

死亡保険金額 二五〇〇万円

入院特約の単位特約給付金額 三〇〇〇円

月払保険料 一万三四九三円

(以下「第一契約」という。)

(2) 第二契約(甲二七の1ないし5)

契約締結年月日 昭和五〇年三月一日

死亡保険金額 五〇〇〇万円

入院特約の単位特約給付金額 五〇〇〇円

月払保険料 三万二〇〇〇円

(以下「第二契約」といい、第一及び第二契約を合わせて「本件契約」という。)

(二) 本件契約には、全国法人会総連合が保険契約者となり、AIU保険会社との間において、遠藤信を被保険者、被告会社を保険金受取人とする普通傷害保険契約が付加されていた。(乙九、一〇)

(三) 右の保険は、全国法人会総連合が生命保険会社及び損害保険会社とタイアップした「法人会の経営者大型総合保障制度」という保険商品であり、法人会の会員である法人の役員及び幹部職員を対象とし、生命保険の部分は大同生命が、損害保険の部分はアメリカン・ホーム・アシュアランス・カンパニー(日本における代行者はAIU保険会社)が契約者となっているものである。

3  保険金の受領

被告会社は、遠藤信の死亡により、平成六年二月一日、大同生命から、以下の合計九三六一万円の保険金を受領した。(甲二八の2・3)

(一) 第一契約について

死亡保険金 二五〇〇万円

配当契約保険金 九六〇万七八〇〇円

(二) 第二契約について

死亡保険金 五〇〇〇万円

配当契約保険金 九〇〇万二二〇〇円

二  争点についての当事者の主張

(原告の主張)

1 保険金相当額支払の合意

(一) 遠藤信は、第一及び第二契約の被保険者となることを同意するに際し、被告会社との間において、保険金及び給付金の受取人は被告会社とするが、遠藤信が死亡した場合に被告会社が受け取る保険金相当額の全部若しくは相当部分を遠藤信の相続人に支払うことを合意した。

(二) 右の明示の合意がなかったとしても、(1) 他人の生命の保険契約において被保険者の同意を要するとした趣旨は、契約者が不労の利益を得ることを防止しようとするところにあること、(2) 事業主が従業員・役員を被保険者として生命保険契約を締結した場合には、当該被保険者の福利厚生を目的とするものとして、事業主が負担した保険料は所得税法、法人税法上損金に計上できるという優遇措置がとられていること、以上からすると、従業員・役員を被保険者として事業主が生命保険契約を締結する場合には、当該従業員・役員が被保険者となることを同意するに際し、特別な合理的事情がない限り、保険金相当額を被保険者の相続人に支払う旨の合意が成立したものと推認すべきである。

(三) 被告会社の役員退職慰労金規程第一二条には、「退職金と関連のある会社加入の生命保険および損害保険契約の受取保険金(中途解約金返戻金も同じ)は全額会社に帰属する。」と定められている。

しかしながら、本件契約のように、役員退職慰労金規程により算出された額に比して多額の保険金額を設定して被告会社が不労の利得を得る場合には、同規程は公序良俗に反して無効というべきである。このような行為は、役員の生命・人格を生命保険会社と被告会社との取引の材料として莫大な不労の利得を得ようとするものであり、しかも、役員の福利厚生の名目のもとに、保険料を損金に計上するという税法上の優遇措置を利用して脱税を図ろうとするものであるからである。

したがって、被告会社が同規程を根拠として保険金全額を取得することは許されない。

2 委任契約又は労働契約に付随する信義則上の支払義務

被告会社は、以下の理由により、取締役兼従業員であった遠藤信と被告会社との間の委任契約又は労働契約に付随する義務として、保険金の全部若しくは相当部分を遠藤信の相続人に支払うべき信義則上の義務がある。

(一) 遠藤信は、被告会社に二六年九か月在籍し、本件契約締結当時は常務取締役、死亡当時は専務取締役の地位にあったものであるが、被告会社の実態からすれば、実質的には従業員兼取締役である。

被告会社は同族会社であり、本件契約締結当時、被告会社と遠藤信は、親族関係に基づく深い信頼関係を基礎とする継続的な契約関係にあった。

(二) 被告会社が遠藤信の生命を利用して不労の利得を得ることは本来考えられないことであり、また、他人の生命の保険契約において、被保険者の同意を要するとした法律の趣旨からしても、被告会社が保険金により不労の利得を得ることは許されない。

(三) 本件契約の趣旨が死亡退職金や弔慰金等の確実な支給財源を確保することにあったとしても、本件の場合、被告会社は、遠藤信の相続人である原告らに対し、退職金も弔慰金も支払っていないのであり、このような実態に照らせば、被告会社は、受け取った保険金相当額を原告らに支払うべき信義則上の義務があるというべきである。

(四) 被告会社は、役員退職慰労金規程の制定とともに第一契約を締結し、その後、同規程により支払われる予定の金額を超えて第一契約の保険金額を増額するとともに、その後遠藤信の同意のもとに死亡保険金額五〇〇〇万円という第二契約を締結しており、このような経緯に照らせば、同規程に基づく金額ではなく、保険金相当額の全部若しくは相当部分が遠藤信の相続人に支払われるべきである。同規程に基づく金額を超える多額の保険金を被告会社が利得することになれば、他人の生命の保険契約における同意主義の趣旨を没却することになり、大蔵省の行政指導や金融監督庁の通達にも反する結果を招くからである。

3 役員退職慰労金規程に基づき計算された退職慰労金、退職功労加算金及び弔慰金の支払義務(二次的請求原因)

被告会社の役員退職慰労金規程は、第一契約の締結に際し、株主全員の了解の下に制定されたものであり、被告会社の株主総会において承認された規程と解釈すべきであるから、被告会社においては、役員退職慰労金の金額の決定は、同規程に基づき算定されれば足り、改めて取締役会の議を経る必要はない。取締役会の決議を要するのは、特別減額(第一〇条)など、規程の明文上取締役会の裁量によると定められているものに限られるべきであり、規程の適用により一義的に金額を算定できることが明らかなものについては、取締役会の決議承認を要しないものというべきである。

したがって、本件死亡保険金のうち、少なくとも、被告会社の役員退職慰労金規程に基づき計算された次の金員は原告らに支払われるべきである。

(一) 役員退職慰労金

役員退職慰労金規程第三条によれば、役員退職慰労金の計算式は、最終報酬月額×役員在任年数×最終役位係数、とされている。

これに基づき遠藤信の退職慰労金額を計算すると、次のとおりとなる。

(1) 最終報酬月額

役員退職慰労金規程第三条のただし書には、「役位の変更によって、報酬月額に減額が生じた場合も、最終報酬月額は、役員在任中の最高報酬月額とする。」とある。

遠藤信の退職時の給与は月額二四万円であったが、昭和五七年から昭和五九年までの間の給与は月額三〇万円であったから、役員退職慰労金の計算に当たって、最終報酬月額は三〇万円として計算されるべきである。

(2) 役員在任年数

役員退職慰労金規程第五条には、「役員在任年数は一カ年を単位とし、端数は月割りとする。但し、一ヶ月未満は一カ月に切り上げる。」とあり、同規程第六条には、「役員がその任期中に死亡し、またはやむをえない事由により退職したときは、任期中の残存期間を在職月数に加算して計算する。」とある。

遠藤信は、被告会社の設立時から死亡した平成六年一月六日まで継続して被告会社の取締役の地位にあったものであり、平成五年八月二五日に再任されていて、その任期満了は平成七年八月二五日となるから、在期中の残存期間は在任月数に加算され、退職慰労金計算上の役員在任年数は昭和四二年五月一日から平成七年八月二五日までとなり、端数処理をすれば二八年四か月となる。

(3) 役位係数

遠藤信は死亡時専務取締役であったから、役位係数は2.6として計算されるべきである。

(4) 前記の計算式に基づいて遠藤信の退職慰労金額を計算すると、以下のとおり二二一〇万円となる。

30万円×28年4月×2.6=2210万円

(二) 役員退職功労加算金

役員退職慰労金規程第八条によれば、特に功績顕著と認められる役員に対しては、同規第三条により算出した退職慰労金の金額にその三〇パーセントを超えない範囲で加算することができるとされている。

遠藤信は、被告会社のガソリンスタンド一号店である上閉伊郡大槌町の「上町ガソリンスタンド」の初代所長、二号店である釜石市の「松原給油所」の所長として、被告会社の発展に顕著な功績があったものであるから、遠藤信の退職に当たっては、右の退職慰労金二二一〇万円に対する三〇パーセントの退職功労加算金が加算されるべきであり、その額は六六三万円となる。

(三) 弔慰金

役員退職慰労金規程第九条によれば、役員が任期中に死亡したときは、死亡時の月額報酬の六か月分が弔慰金として支払われるものとされている。

したがって、遠藤信の死亡に際して支払われるべき弔慰金は二四万円の六か月分の一四四万円となる。

(四) 以上のとおり、遠藤信の死亡に伴い被告会社が遠藤信の相続人に支払うべき退職慰労金、退職功労加算金、弔慰金の合計は三〇一七万円を下らない。

(五) 被告会社の主張(後記被告会社の主張3(二))についての認否・反論は、次のとおりである。

(1) 被告会社から現金三〇〇万円が平成六年三月三日に原告範子の銀行口座に送金されたことは認める。

(2) 被告会社が相殺したと主張する売掛金未収金、貸金については、いつ、いかなる原因で発生したものか明らかではない。

(3) 遠藤信は、平成五年一〇月まで在籍したのであるから、右の期間、遠藤信個人が負担すべき社会保険料を被告会社が立替払した事実があるとしても、被告会社自体が事業主として本来負担すべき社会保険料まで被告会社が立替払したと主張するのは根拠がない。

(4) 勤労者退職金機構中小企業退職共済事業本部(以下「中退金」という。)から遠藤信に対し平成五年一二月一五日に一八一万七九二〇円が支払われているが、これは、被告会社が積立金を支払ったが、その受取人は従業員若しくは役員となっているものであり、本件保険金を原資として支払われたものではない。

(5) 被告会社が受取人となっている入院給付金、手術給付金についても、これらを被保険者である遠藤信に引き渡す旨の合意があったものというべきである。

被告会社は、受け取った入院給付金のうち四三万二〇〇〇円を遠藤信に支払っていない。

(6) 遠藤信の退職慰労金を決定するに当たり、原告範子に対する支払を考慮して減額するのは根拠がない。

4 不法行為に基づく損害賠償請求(三次的請求原因)

(一) 仮に、遠藤信の退職慰労金等の支給につき取締役会の決議を要するとしても、被告会社の代表取締役らは、役員退職慰労金規程に基づき退職慰労金等の支給決議をなすべき義務がある。

(二) ところが、被告会社の代表取締役らは、平成六年一月一〇日に開催した取締役会において、同規程に反して、遠藤信の功労金を三〇〇万円とする旨の決定をした。

被告会社の代表取締役らの右行為は、取締役としての任務を懈怠したものであり、原告らに損害を与える行為であるから、不法行為となる。

被告会社代表取締役らの右不法行為については、商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項により、被告会社はその責任を免れない。

(三) 遠藤信の相続人である原告らには、前記のとおり、退職慰労金等として三〇一七万円が支払われるべきところ、功労金として三〇〇万円が支払われたのみであるから、原告らは、被告会社に対し、その差額である二七一七万円の損害賠償請求権を有する。

5 まとめ

よって、原告らは、被告会社に対し、被告会社が受領した保険金九三六一万円について、法定相続分に従い、原告範子につき四六八〇万五〇〇〇円、同睦子及び同克仁につきそれぞれ二三四〇万二五〇〇円及びこれらの金員に対する本件訴状送達の翌日である平成九年一一月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告会社の主張)

1 保険金相当額の支払の合意について

(一) 原告の主張1(一)の事実は否認する。

被告会社は、第一契約締結に際し、役員退職慰労金規程を制定しており、同規程第一二条には、受取保険金は全額会社に帰属する旨定められており、被告会社と遠藤信との間に原告の主張するような合意はない。

(二) 原告の主張1(二)は争う。

本件契約の趣旨・目的は、経営者に万一のことがあっても契約者である企業に保険金が入るため、金融機関、取引先等の信用が増大し、事業資金の調達、営業取引の円滑化の一助となるなど企業の安全が保たれること、保険金を死亡退職金や弔慰金の確実な支給財源とすることなどであり、企業の安全のために死亡退職金や弔慰金等の確実な支給財源とするためのものであるから、保険金は当然に被保険者に引き渡されるべき性質のものではない。

(三) 原告の主張1(三)は争う。

2 委任契約又は労働契約に基づく信義則上の支払義務について

争う。

3 役員退職慰労金規程に基づき計算された退職慰労金、退職功労加算金及び弔慰金の支払義務について

(一) 役員退職慰労金規程により算定すると、次のとおり一二九一万六八〇〇円となる。

最終報酬月額 二三万四〇〇〇円

役員在任年数 二四年

役位係数 常務取締役として2.323万4000円×24年×2.3=1291万6800円

(二) 被告会社は、平成六年一月一〇日、株主総会を開催し、以下の事情を勘案し、退職慰労金の額を三〇〇万円と決定したが、その際、被告会社の遠藤信に対する売掛金未収金七三万四五八二円及び貸付金三五万九二〇三円の合計一〇九万三七八五円を清算することとし、右三〇〇万円に一〇九万三七八五円を加算した四〇九万三七八五円を退職慰労金と決定し、売掛金未収金及び貸付金については相殺勘定をし、現金三〇〇万円を支給したものである。

右決定に当たって勘案した事情は、次のとおりである。

(1) 遠藤信は、昭和六三年に肝臓ガンの手術を受けてから後はほとんど働いていない。

(2) 被告会社は、遠藤信が病気療養のために稼働していないにもかかわらず、昭和六三年六月から平成元年四月までの間給料として毎月二三万四〇〇〇円を、昭和六三年八月に賞与として一〇万円、合計二六七万四〇〇〇円を支払った。

(3) 被告会社は、平成元年五月から平成二年一月まで毎月四万九六八〇円、同年二月から三月まで毎月五万四二四〇円、同年四月から平成三年九月まで毎月五万四四八〇円、同年一〇月から平成五年一〇月まで毎月五万四九六〇円の合計二八九万六三二〇円を社会保険料負担金として支払った。

右金員のうち個人負担金は一四五万五一二〇円であり、その余は事業主の負担であるが、本件の場合、遠藤信は仕事に従事していなかったので本来給料を払う必要はなく、したがって、社会保険料の納付も必要なかったが、遠藤信の生活費を考慮し、立替金としたものである。

(4) 中退金から遠藤信に対し、退職金として一八七万五七八〇円が支払われた。

(5) 被告会社は、大同生命から被告に支払われた入院給付金九六万円、手術給付金四〇万円を遠藤信に支払った。

(6) 被告会社は、原告範子に対し、同原告がくも膜下手術を受け、その後は事務員として稼働していないにもかかわらず、昭和四五年五月以降も同原告に対し、給料名下に毎月一四万円の支払を続けた。

4 損害賠償請求について

争う。

第三  当裁判所の判断

一  保険金相当額支払の合意について

遠藤信が被告会社に対し、本件契約の被保険者となることを同意するに際し、遠藤信と被告会社との間において、その保険金の支払について何らかの合意が成立したかについて検討する。

1  証拠(甲二九、乙三、二七、二九、証人土橋一二郎の証言、原告範子、同睦子及び被告代表者の各尋問の結果)によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件保険の説明書(甲二九)には、「この制度の特色」として、「掛金は損金となる」、「経営者に万一の場合の保障があるので、金融機関、取引先等の信用が増大し、事業資金の調達、営業取引の円滑化の一助となります。」、「経営者に万一のことがあっても、会社に保険金が入るため企業の安全が保てます。」、「経営者に万一のことがあっても死亡退職金や弔慰金等の確実な支給財源ができます。」などと、企業経営にとっての利点と保険金が被保険者や遺族に対する死亡退職金や弔慰金等の確実な支給財源となることが主な特色として説明されている。

(二) 被告会社は、第一契約の締結に際し、この保険を推奨した大槌商工会などから、保険金については企業が受取人となり、企業が借金の弁済に充てるなり、再投資に利用するなり、弔慰金等として遺族に支払う財源とするなりして使用できるが、誰にいくら払うといった基準がないので、事後のトラブルがないように役員退職慰労金規程を作成するよう指導を受け、会計事務所からもらった役員退職慰労金規程のひな型をそのまま使って被告会社の役員退職慰労金規程を制定し、同規程は、第一契約の締結日である昭和四八年一一月一日から実施された。被告会社では、同規程の制定について株主全員の了解を得、同規程を記載した書面を取締役に配布した。

第一契約締結当時、被告会社代表者と取締役であったその妻を被保険者とする同様の保険契約も締結された。

(三) 役員退職慰労金規程の第一二条には、退職慰労金と関連のある会社加入の生命保険及び損害保険契約の受取保険金(中途解約返戻金も同じ)は、全額会社に帰属すると定められている。

(四) 被告会社の所在する地域では相当数の中小企業がこの保険に加入しているが、その多くで同じ書式の役員退職慰労金規程が採用されている。

(五) 遠藤信は、生前、家族に対し、被告会社で遠藤信を被保険者とする経営者保険に加入し、保険金が一億円なので半分の五〇〇〇万円くらいは家族に入るから、自分に万一のことがあっても大丈夫だといった話をよくしていた。

2  以上の認定事実を総合すれば、被告会社は、第一契約締結に際し、被保険者の死亡により被告会社が保険金を受領したときは、契約締結と同時に制定した役員退職慰労金規程に従って退職慰労金及び弔慰金等を支給することを予定し、被保険者である遠藤信も、そのように認識した上で被保険者となることに同意し、大ざっぱな認識としては、保険金の半分くらいが家族に支払われると認識していたものと認められる。

3  ところで、株式会社の取締役に対する退職慰労金及び弔慰金は、在職中の職務執行の対価として支給されるものである限り、商法二六九条にいう報酬に含まれるものであるから、株主総会の決議を要するものである。

そして、証拠(乙三)によれば、被告会社の役員退職慰労金規程第二条で、「退職した役員に支給すべき退職慰労金は、次の各号のうち、いずれかの額の範囲内とする。」として、「①本規程に基づき、取締役若しくは取締役の過半数で決定し、社員総会において承認された額。②本規程に基づき計算すべき旨の社員総会の決議に従い、取締役若しくは取締役の過半数により決定した額」と定められていることが認められ、右にいう社員総会は、株式会社である被告会社においては株主総会と読み替えるべきものと解される。

したがって、被告会社に対する退職慰労金及び弔慰金の請求権は、同規程第二条に定める手続に従って、株主総会の決議及び取締役若しくは取締役の過半数による決定がされることによって発生するものと解される。

原告らは、原告の主張3において、役員退職慰労金規程に基づき計算された退職慰労金、退職功労加算金及び弔慰金を被告会社に対して請求しているが、これらの請求権は、右のとおり、同規程に定められた手続に従って株主総会の決議及び取締役若しくは取締役の過半数による決定がされることによって初めて発生するものであり、これらの決議を経ることなくして当然にその請求権が発生するものと解することは困難である。

4  しかしながら、役員退職慰労金規程に定められた手続きに従って株主総会の決議及び取締役若しくは取締役の過半数による決定がされず、そのために役員退職慰労金及び弔慰金の請求権が発生しないという事態は、被保険者となることに同意した遠藤信の意思に全く反するものである。

さらに、(一) 本件契約は他人の生命の保険であり、被保険者の同意がなければ効力を生じないものであるところ(商法六七四条一項)、このように被保険者の同意が保険契約の効力要件とされるのは、保険が賭博又は投機の対象として濫用されたり、保険金取得目的での違法行為を誘発することを防止する等のためであると解されること、(二) 本件契約については、企業が負担した保険料は全額損金に計上できるものとされているが、このような優遇措置がとられているのは、このような保険の目的・趣旨が被保険者あるいはその遺族に対する福利厚生措置の財源を確保することにあるからであると解されることなども考慮すると、株式会社の取締役に対する退職慰労金及び弔慰金が商法二六九条にいう報酬に含まれるものとしてその規則に従うものであるからといって、取締役の死亡により受領した保険金によって企業が一方的に大きな利益を得る結果となることは、被保険者の意思に反するばかりか、商法六七四条一項の趣旨を没却し、前記の税法上の措置の趣旨にも反するものであって、許されないと考えられる。

したがって、第一契約の締結に際して遠藤信が被保険者となることを同意したときに、被告会社と遠藤信との間において、遠藤信が死亡した際には、被告会社が受け取った保険金の中から、役員退職慰労金規程に基づいて株主総会及び取締役会の裁量的な判断を要することなく算定することのできる退職慰労金及び弔慰金相当額の金員をその相続人に支払う旨の合意が成立したものと認めるのが当事者の合理的意思の解釈として相当であり、このような解釈は前記の同意主義の趣旨や税法上の措置の趣旨に適合するものであって、商法二六九条の趣旨に反するものでもないというべきである。また、第二契約の締結に際して遠藤信が被保険者となることを同意したときにも、同旨の合意が成立したものと認めるのが相当である。

そして、右合意に基づく請求権は、被保険者である遠藤信の死亡により被告会社が保険金を受領したときに発生するものであるが、被告会社の役員退職慰労金規程に定められた手続きに従って退職慰労金及び弔慰金が支払われた場合は、それによってその支払額について消滅する関係にあるものということができる。

5  原告らは、役員退職慰労金規程に基づく金額ではなく、保険金相当額の全部若しくは相当部分が遠藤信の相続人に支払われるべきであり、同規程に基づく金額を超える多額の保険金を被告会社が利得することは許されないと主張する。

しかしながら、役員退職慰労金及び弔慰金の額が一般的な支給水準に照らして相当なものであれば、保険金のうちこれを超過する部分を被保険者である役員が取得すべき合理的な根拠はないというべきであり、事業主の取得部分を認めること自体は特に不当でなく、保険の趣旨や社会正義に反するものではないと考える。

前記のとおり、被告会社の役員退職慰労金規程は、本件保険に加入した相当数の企業で採用されているものであり、これによる役員退職慰労金及び弔慰金の額が一般的な支給水準に照らして不相当ということはできず、被告会社が遠藤信の死亡によって取得した保険金のうちこれを超える部分を取得したとしても不当ではないと考えるので、この点に関する原告らの主張は採用しない。

したがって、原告らの主張1については、前記の限度で理由があるものと判断する。

二  被告会社が原告らに支払うべき金額について

被告会社が原告らに対して支払うべき金額、すなわち、役員退職慰労金規程に基づいて株主総会及び取締役会の裁量的な判断を要することなく算定することのできる退職慰労金及び弔慰金相当額について検討する。

1  役員退職慰労金

役員退職慰労金規程第三条により、退職慰労金の計算式は、退任時の最終報酬月額×役員在任年数×最終役位係数、とされている(乙三)

これに基づき遠藤信の退職慰労金額を計算すると、次のとおりとなる。

(一) 最終報酬月額

役員退職慰労金規程第三条ただし書により、「役位の変更によって、報酬月額に減額が生じた場合も、最終報酬月額は役員在任中の最終報酬月額とする。」とされている。(乙三)

そして、証拠(甲三四)によれば、遠藤信の厚生年金保険及び健康保険の標準報酬月額は、最終的には月額二四万円であったが、昭和五七年から昭和五九年までの間は月額三〇万円であったことが認められるから、役員退職慰労金の計算に当たって、最終報酬月額は三〇万円として計算されるべきである。

(二) 役員在任年数

役員退職慰労金規程第五条には、「役員在任年数は一カ年を単位とし、端数は月割とする。但し、一カ月未満は一カ月に切り上げる。」とあり、同規程第六条には、「役員がその任期中に死亡し、またはやむをえない事由により退職したときは、任期中の残存期間を在職月数に加算して計算する。」とある。(乙三)

前記第二の1(三)のとおり、遠藤信は、昭和四二年五月一日に被告会社が設立された時から死亡した平成六年一月六日まで継続して被告会社の取締役の地位にあったものであり、平成五年八月二五日に再任されているから(甲二三の2)、その任期満了は平成七年八月二五日となり、任期中の残存期間は在職月数に加算され、退職慰労金計算上の役員在任年数は昭和四二年五月一日から平成七年八月二五日までとなって、端数処理をすれば二八年四か月となる。

(三) 役位係数

証拠(甲二二、四六の1・2)によれば、遠藤信は専務取締役の肩書の名刺を使用していたこと、被告会社も新聞に掲載した遠藤信の死亡広告で遠藤信を専務取締役としていたことが認められるから、役位係数は、専務取締役の2.6として計算されるべきである。

(四) 前記の計算式に基づいて遠藤信の退職慰労金額を計算すると、以下のとおり二二一〇万円となる。

30万円×28年4か月×2.6=2210万円

2  役員退職功労加算金

役員退職慰労金規程第八条によれば、特に功績顕著と認められる役員に対しては、取締役若しくは取締役の過半数の決定により同規程第三条により算出した退職慰労金の金額にその三〇パーセントを超えない範囲で加算することができるとされている。(乙三)

そうすると、役員退職功労加算金を支給するか否か及びその額については、取締役若しくは取締役の過半数の決定による裁量的判断に委ねられているものといわざるを得ないから、遠藤信と被告会社との合意によって役員退職功労加算金相当額の請求権が発生するということはできない。

3  弔慰金

役員退職慰労金規程第九条によれば、役員が任期中に死亡したときは、死亡時の月額報酬の六か月分が弔慰金として支払われるものとされている。

証拠(甲三三の1ないし6、三四、三七、乙一六の1ないし3、原告範子及び被告代表者の各尋問の結果)によれば、遠藤信は、病気のために昭和六三年六月以降欠勤し、被告会社から給与の支払を受けたのは平成元年四月までであること、平成元年五月から平成五年一〇月までは被告会社が健康保険料及び厚生年金保険料を全額支払ったこと、厚生年金保険及び健康保険の資格喪失は平成五年九月九日であり、最終の標準報酬月額は二四万円であったことが認められ、遠藤信は死亡時には被告会社から役員報酬や従業員としての給与の支払は受けていないものである。

しかしながら、遠藤信と被告会社との合意において、死亡保険金から弔慰金相当額の金員を支払うことがその性質上当然に予定されているものと認めることができ、弔慰金相当額の算定の基礎となる月額報酬については、最終の標準報酬月額の二四万円を採用するのが相当であるから、弔慰金相当額はその六か月分の一四四万円となる。

4  以上のとおりであるから、遠藤信と被告会社の合意に基づき、被告会社が遠藤信の相続人に対して支払うべき退職慰労金及び弔慰金相当額は合計二三五四万円となり、法定相続分に従い、原告範子については一一七七万円、原告睦子及び同克仁については各五八八万五〇〇〇円となる。

三  被告会社による退職慰労金等の支払

前記のとおり、遠藤信と被告会社の合意に基づく請求権は、被告会社の役員退職慰労金規程に定められた手続に従って退職慰労金及び弔慰金等が支払われた場合は、それによってその支払額について消滅する関係にある。

そこで、被告会社による退職慰労金等の支払について検討する。

1  被告会社が平成六年三月三日に三〇〇万円を原告範子の銀行口座に振り込む方法により原告範子に支払ったことは当事者間に争いがなく、原告範子本人尋問の結果によれば、遠藤信の死亡後、親戚が集まり、遠藤信の退職金について話題となって、退職金が一八一万円では少ないという話が出た時に、被告会社代表取締役が功労金として三〇〇万円払うと言い、後日原告範子の銀行口座に振り込んで支払ったものであることが認められる。

被告会社は、この三〇〇万円の支払の経緯について、被告会社の主張3(二)のとおり主張するが、株主総会や取締役会が開催されたかについてはさておき、遠藤信の死亡に伴い同人の在職中の職務執行の対価としてその相続人である原告範子に対して支払われたものと認められるから、これによって、遠藤信と被告会社の合意に基づき原告範子が取得した一一七七万円の請求権は三〇〇万円につき消滅し、残額は八七七万円となったものと認められる。

2  証拠(甲二五の2の3)及び弁論の全趣旨によれば、平成五年一二月一五日、中退金から遠藤信に対し一八一万七九二〇円が支払われていることが認められるが、これは本件保険の保険金とは関係がないから、これにより遠藤信と被告会社の合意に基づく請求権が消滅するという関係にはない。

3  被告会社の主張3(二)のその余の事情は、遠藤信と被告会社の合意に基づく請求権を消滅させる性質のものではない。

四  結語

以上のとおりであるから、原告らの請求は、被告会社に対し、原告範子については八七七万円、原告睦子及び同克仁については各五八八万五〇〇〇円の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官峯俊之)

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